飯尾強の生い立ち

団塊世代の星☆彡古希からのプロ歌手デビュー、飯尾強の生い立ちをお話します!

GGつよし(本名:飯尾強)
※2男1女に9人の孫で爺爺つよしから、芸名はGGつよし
1946年10月1日 浜松市中区元浜町生

飯尾強

私が生まれた1946年(昭和21年)は太平洋戦争敗戦の翌年で、その時母は23歳、終戦時は22歳である。私の22歳といえば大学4年で、まさに我が世の春を謳歌していたバラ色の青春だった。
時代の犠牲者である母の生きざまを心から尊敬している。
私は祖父と祖母の子として小学校5年生まで育てられたので、祖父をお父ちゃん祖母をお母ちゃん、母をお姉ちゃんと呼んでいた。
小学校2年の時に母は「お染」という店を元浜に新築し開店して、母の家を「店」お爺ちゃんの家を「裏の家」と呼んでいた。
私は裏の家で暮らしていた。
そして小学5年生の時にお爺ちゃんが亡くなり、入れ替わる様に妹が生まれて、そのとき母の長男として母の戸籍に入り、お店の3畳の小さな部屋で暮らす事になったが、いつも裏の家でお婆ちゃんといっしょだった。

私は生来楽観的で、絵画と歌は天才的で学校の成績も優秀だった、画は静岡県知事賞を受賞したり、浜松市内小学校弁論大会で優勝したり、静岡放送の歌の大会で「古城」を歌って優勝したり、小5年時にはNHK浜松放送児童劇団に入って、学校放送のレギュラーを中2年の声変わりまで行い、当時の遠州地域の小学校の給食時に全生徒が聞きながら食事をしていたので、顔は知られていないが有名な子役でした。
中部中学に入ってからは学校新聞の4コマ漫画を連載していましたので、中学ではマンガの飯尾と言われていました。
浜松西校へ進学し、剣道部に入部しました。
2年時で二段を取得して静岡県高校剣道個人戦で県下ベスト8まで進みました。
西高剣道部ではいつも先鋒で突撃隊長の役目をつとめました。
学業は英語がズバ抜けていて、3年時での全国アチーブメントテストで全国100位で西高の廊下に告示されました。

そこで立教大学入試の英語の試験では終了時に満点の自覚があり西高から7人が受験して私ともうひとりの2名が合格、立教大学に進学すると放送研究会に入りました。
それはアナウンサーになりたかったからです。
3年時にはアナウンス部長に就任して、120人の部員を誇る学生放送界の東大と言われる立教大学放送研究会の人気者になり、文化放送アナウンサーになる道が見えました。
ところが、夢と希望は就職を目前にして一瞬に崩れ落ちました。
人生初の就職試験の面接で、あなたは何処の生れですかと聞かれて唖然としました。
10歳の時に妹の後に入籍した事もあって、試験に落ちました。
これがショックで、夢も希望もすべてを捨てました。
文化放送もCBSソニーの歌手のオーディションの合格も全部捨てて東京を去りました。
同級生や先輩達もどうしたのかと心配してくれたのですが、浜松ナショナル販売に就職しました。

そこで家内と出逢い25歳で結婚しました。
30歳までに3人の子供に恵まれ、これこそが私の幸福人生の第一歩になりました。
30歳で独立するという初志を果たすため、浜松ナショナル販売を円満退社して広告のカップを設立しました。
脱サラと同時に飯田町に家を建てる、会社を設立する、三人目の子供が生まれるなどを抱えての出発です。
当初は好調なスタートでしたが、40歳の時に社員8名で借入金が1億円を越したところで、会社を縮小する決断をし、銀行と取引先に理解を求めて再スタートをはかりました。
当時から30年後の今は安心できる状況に至りました。
60歳の頃に経済的にほぼ峠を越したと言う安堵から、過去にできなかった歌手になる夢とアナウンサーになる夢を掴もうとしてオリジナル曲の制作をはじめ、70歳までの10年間でほぼ40曲ができました。65歳時には地元FM放送で15分のオリジナル生番組を毎週1回、合計200回、通算4年半にわたって放送しました。
そして70歳時にキングレコードからCDデビューをして73歳時にテイチクからメジャーデビューを果たしました。

子供の頃から画と歌が得意だったこと、英語に優れていて立教大学に現役合格したこと、妻のお陰で素晴らしい家族と会社が維持できたこと、本年は10月1日が75歳の誕生日で10月10日が結婚50周年。
会社は10月末の決算で40期達成、創業時から45周年という節目を迎えます。
74年の足跡は誠に貴重でした。
2男1女に恵まれ、さらに9人の孫達がおりなす暮らしと、それぞれが未来に挑戦する姿をみつめていきたいです。
観音菩薩の手のひらで飛び回っていた小さな自分が愛おしい今日このごろです。
歌詞の原点は人生=人と生きる中での言葉の遊戯であり、メロディーは文字や言葉が持っている生来の音を紡ぐことです。
心をこめていれば歌になります、特別なことは一切ありません。
気軽に気楽に楽しもうじゃありませんか。音を楽しむから音楽です。

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